2007年09月03日

プラトニック・シナジー理論(PS理論)の構成図式

表にしようと思ったが、ブログでは表が出ないので、以下のように、図式化する。

1:超越的差異=差異可能(デュナミス)的志向性(超越界)

        ↓ (プラトン、不連続的差異論)

        ↓

2:差異動態(実現、エネルゲイア)的志向性(フッサール)

        ↓

        ↓

3:Media Point(垂直/水平差異共振性)(鈴木大拙、

        ↓ ウスペンスキー、メルロ=ポンティ)

        ↓

3. 5:脱構造的志向性(ポスト・モダン:デリダ、

        ↓ ドゥルーズ&ガタリ)

        ↓

4:超越論的構造性(超越論的差異→超越論的同一性)

        ↓ (ハイデガーの存在→構造主義)

        ↓

5:連続的同一性(現象界、物質界)

説明すると、2において、フッサールとあるが、それは、完全な意味というよりは、志向性において、差異の志向性を示唆していたという意味である。

 4において、上層が超越論的差異であり、ハイデガーの存在である。そして、下層が構造主義の超越論的同一性構造である。

 そして、狭義のポスト・モダン哲学は、4を超える思想であった。デリダの差延/脱構築は、そのような意欲であった。ドゥルーズ&ガタリは、3と4を融合化してしまった。即ち、連続的差異=微分の思想になり、3と4を切断することができなかった。

 メルロ=ポンティ現象学は、「肉」(=身)において、ほぼMedia Pointを捉えた。可視性が5であり、不可視性が1と2である。

 不連続的差異論は、ほぼ1を発見して、3と4とを切断した。

 そして、プラトニック・シナジー理論(PS理論)は、超越的差異の即非・共振性を発見し、さらに、ガウス平面等を適用した数学化によって数理科学化し、さらには、主導的概念である3のMedia Pointを発見した。

 おそらく、以上の図式でいちばん困難な点は、3の超越論的構造である。ここは、言わば、錯綜している。二重構造になっているのである。また、これまで、多くの天才的哲学者が、乗り越えられなかった領域がここであると言える。広義のポスト・モダンであるシェリング、キルケゴール、ニーチェを考えると、2〜4の混淆した領域で思索していたのであり、不明晰に思考していたのである。(ニーチェは実に後一歩というところで、2と4の間を揺れ動いていたと思う。永遠回帰は、正しくは、輪廻転生とすべきであるが、それを同一性の回帰、超越論的構造の回帰にしてしまったのである。)

 また、ロシアの神秘学者ウスペンスキーであるが、「ターシャム・オルガヌム」の概念によって、ほぼ即非論理を捉えていたと考えられる。それは、1〜3の領域のもつ基本論理と言える。

 さて、鈴木大拙であるが、彼は、いわば、超天才的に、1〜3の論理、即非論理を洞察発見したのである。西田哲学の絶対矛盾的自己同一は、ほぼ、即非論理と同様であったと考えられるが、あまりに彼の言語は晦渋であり、不明瞭である。

 さて、不連続的差異論による4の絶対的乗り越えがなかったら、PS理論は創造されなかったであろう。しかしながら、PS理論は、不連続的差異論からの重大な内包的発展・深化である。Kaisetsu氏による数学化がPS理論を数理化して、自然科学へと架橋を構築して、真に文理融合・統一理論の仮説となったのである。

p.s. 私はレヴィナスをほぼ未読なので、よくわからないがイメージとしては、少なくとも、1〜3の領域に入るだろう。直感では、1と2の中間態であろうか。
posted by ソフィオロジスト at 23:25| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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